【おしらせ】 不定期ながら活動して参りました映画Podcast「ポッドキャストでつかこ※う※へ※い」は3人の度重なる議論の末、ある一定の水準に達したという結論に達し、解散の運びとなりました。永きにわたる御愛顧、誠にありがとうございました。 なお、活動母体として使用していたSeesaaブログは存続しますが、今後の更新は予定していません。Twitter、Facebookページ、Mixcloudは7月末日を持ちまして、運営を終了します。 何卒、ご了承くださいませ。

2011年12月08日

第4回 編集後記

編集長、村山です。
今回の映画「ステキな金縛り」評はいかがだったでしょうかね。聞いてもらえていればうれしいです。

それにしても、今回は僕がよぉしゃべってます。反省するほどに。
ってか半ば3対1の構図になってしまっているのだから、仕方ないっちゃ仕方ないんですが。

今だから話しますが。
正直、収録に臨む前はかなりの酷評モードになるだろうなぁと思っていたのですよ。
ところが、高評価が大半でこれは僕が頑張らないといけないと思いまして。
ただ、今聞くとヒートアップし過ぎて僕の論法も勢い任せになってしまっています(笑)

収録終わりにTBSラジオウィークエンドシャッフルのRhymester•宇多丸評も聞きました(こちら
お恥ずかしいことに、それでようやく自分の腑に落ちない部分をようやく理解した感じです。

つまりですね。本編で僕が「公安当局の線引きが曖昧だ」と表現している部分について。
それは、落ち武者の「やれること•やりたいこと」が見えないことを意味していて。
要は、彼が呪縛霊として現世に残ってまで、やりたいことの定義。
いわば「成仏」というものがどこを指すのかが見えてこないのですね。

天国には帰れる。人を連れてくることも出来る。現世とあの世をいったりきたりもできる。
では「成仏」で彼の何が変わるのでしょう?
慰霊碑が建つ事で、彼は冤罪だったことを世間が認めたことになるのでしょうか?
建てる事=尊敬の念を皆が彼に抱いてる、ということでよいのでしょうか?

少なくとも浅野忠信は最初からはっきりと冤罪を認めていました。
その人間が慰霊碑を建てただけでは、何も変わっていないのでは?と思ってしまうのです。

ただし。
宇多丸さんが指摘するように「落ち武者が成仏するシーン」があれば話は違います。

『ようやく天に帰れる。御主の要望に最後まで付き合うことは出来なかったが、拙者はあの世で御主の生き様を見届けるぞ!自信をつけるのじゃ!』

とかのセリフなんかとともに、すーっと天にあがっていくシーンがあれば、恨みつらみから開放されたというのが理解できるわけです。
何が変わったかが提示されないままに、特別許可を得て帰ってきました言われてもね。

クライマックスに落ち武者が同席しない点についてはどんが指摘しています。
2人の物語に1時間半近くを費やしているのだから、誰もが連れ添ってきたパートナーとともにミステリーを解決をすると思っています。
それを一種のちゃぶ台返しとも言える手法でクリアされると「もうなんでもアリか」と見る気を失います。

本当に笑える映画です。コメディとして、僕も声をあげて笑った箇所はたくさんあります。
ただ、ストーリーを紡ぐ気がないのであれば荒唐無稽のままドタバタ終わるのが正しい。
しかし、三谷さんはあくまでも色々なエッセンスを取り入れた上で、お話として成立させようという気持ちがあるのが見て取れるわけです。

ならばある程度の理屈、論法をこちらに伝えるのがスジでしょう。
これを「コメディなんだから目くじら立てなさんな」と言われたらコメディという言葉自体で脚本家は逃げてしまっていいことになるのです。

笑わせるためにも、組み立て、理屈は必要だ。と僕は思うのですが。


さて、次のポッドキャストはすでに収録しています。

「ゴーストライター」E382B4E383BCE382B9E38388E383A9E382A4E382BFE383BCP.jpg


これが年内最後の「ぽどつかこ」になるかと思います。
2週間後ぐらいにアップしようと思っていますので、それまでお楽しみに。

あなたはどう見る?それが大事。
posted by 山本です村山ですドンです。 at 02:58| Comment(0) | 編集後記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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